1987、88年はA日程・B日程という連続方式の入試制度のもと、東京大、京都大の入試日程が別々になり、両大学をダブル受験できた。その影響で東京大は87年290人、88年は381人の辞退者を出す。京都大第1志望の関西の受験生が記念受験で東京大を受けたという、いまとなっては信じがたいケースである。実際、入学辞退者には灘、東大寺学園、洛星、洛南出身者が多かった。