司会「選択希望選手、中日、○○」○○「……(泣き崩れる)」○○母「どうしてウチの子が…!(嗚咽)」
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もうないじゃんの例からすると泣くのは指名された瞬間じゃないんよな >>2
バンテリンで1-0の試合ばっかりで大変やぞ 未成年、または成年に中日ドラゴンズ入団を勧める行為はドラゴンズハラスメント(ドラハラ)に当たります。
みなさん、ドラハラには気を付けましょう。 高校生なら中日指名けって大学行ったほうがいいんじゃね? >>8
高校生「11球団OK!」
中日「こいつ生意気だな。おい!NPB総出でこのガキハブろうぜ!w」
高校生「ドラ1濃厚だったボクが育成指名...」 中日言うほど拒否られてるか?
地元選手は毎度大喜びだったし、ブラ健なんて1位で浮かれまくってたが メンバー入れ替わりの時期だし
他球団よりチャンスありそうじゃん そら3位でも取れそうなやつが1位もらったら大喜びだろ なんか中日かよ~っていってる家族いなかったっけ
横浜だっけ 普通調査書で「どこでも入団します※中日は除く」って書くよね 毎年全員ドラフト指名されたやつが大成するわけでもないのになんでこんな中日煽られてんの
どこなら指名されてもセーフなんや >>25
だって中日はネタじゃなく本当に単打育成プログラムしてるじゃん
どんな期待のスラッガー候補でも中日に入ったら終わり ドラフト後に栄でドラホットの公開収録ってあったよな 「アーーッ!(絶叫) DeNA~」
「ああ~DeNA、だめやろ~DeNA~」
「いやあ~(悲痛)」
「ああ~(落胆)」
「横浜かあ・・・(苦渋)」
「あ~(脱力)」 >>35
熊原やな
父親が神主で息子に継いでもらいたかった 巨人人気が下落、ドラフト候補は「基本どこでもOK」時代に それでも“不評”な球団も
https://news.yahoo.co.jp/articles/1cbd3966602997406c41d0efb9c68840d0441b95?page=3
巨人の待遇の良さは今も昔も変わらないため、ドラフト候補の選手や関係者にとって不人気というほどまでにはなっていない。
しかし選択肢が増えた近年、昔ほどの魅力がなくなってしまったというのは事実だろう。
また、巨人に匹敵する人気チームである阪神に“入りたくない”と考える選手たちもいるようだ。
「阪神の評判が良くないのも有名。決め手は藤浪晋太郎を育てられなかったこと。
甲子園で春夏連覇の立役者となった右腕はプロ1年目から3年連続で2ケタ勝利を挙げたが、その後は伸び悩んだ。
同級生の大谷翔平(NPBでは日本ハムでプレー)が順調に成長したこととも比較された。
阪神に入ったら伸びない、と言う話がアマ球界に流れている」(アマチュア野球に詳しいスポーツライター)
「阪神で結果を出すのは大変なこと。伝統球団で数多くのOBがおり、現場に口を挟んで指導する場合もある。
またファン、マスコミが結果に一喜一憂することで精神的に追い込まれる選手も少なくない。
タニマチとの付き合いも他球団に比べ目立つ。ブレない心や、強いメンタルが何より必要となる」(阪神担当記者)
藤浪だけでなく、過去にもドラフト上位選手が結果を残せず阪神を去っていったケースも多い。
また巨人と並ぶ伝統球団と言われるが、2リーグ制後の優勝回数が巨人の38回(日本一22回)に対して阪神は5回(同1回)と“勝てるチーム”とは言い難い。
加えて野球以外のことにも上手く対処していくことも求められるため、その部分を懸念する選手も存在するようだ。 22歳ではなく18歳でのドラフト1位。高橋の運命が変わったのは10月6日だが、覚悟が定まったのはその1カ月前のことだった。
9月3日の中日-広島戦(ナゴヤドーム)を、高橋は一塁側フィールドシートで、母とともに観戦している。偶然にも中日は福谷浩司と郡司裕也の慶応出身バッテリー、つまり「幻の先輩」で臨み、広島には堂林翔太、磯村嘉孝の中京大中京OB、つまり「本物の先輩」がいた。
「あの環境の中でプレーする選手を間近で見て、すごく刺激を受けました。あの舞台に早く立ちたいという思いも芽生えたんです」
試合は中日が6-0で完勝。当日の観衆3958人の中にいた高橋は、この試合を見終わって「もし慶応に落ちたら(他大学ではなく)プロに行こう」と腹をくくったという。グラウンドレベルでの迫力を肌で体感し、見る側ではなく見せる側に立つことへの思いが高まったのだ。
ナゴド生観戦した高橋も6点取れる打線にウキウキだったやろうなあ 昔の横浜とかならともかく今の12球団ならどこに入っても活躍さえすれば結構良い野球生活が送れるやろ >>37
wikiみたらドラフト時には一旦解決してたっぽいけどな
高校卒業時には、当時神主であった実父から、神主を継ぐべく神職養成所に通うことを勧められた。本人は仙台大学で野球を続けることを主張したため、家族会議で進路を何度も検討した末に、一般企業へ勤務する長男が19代目の神主を引き継ぐ意向を表明。実父が当時保有していた2台の自家用車から1台を売却することによって、進学に必要な資金の確保に目途が付いた[8]ため、仙台大学への進学を決めた[1][7]。 >>38
藤浪に関しては藤浪の問題やと思うけどな
投手は育ってる方やろ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています