https://news.yahoo.co.jp/articles/1886a8b7f86901e6f074f3f71a88b30d239b9cc4

 アレックス・カブレラ内野手は2001年から西武に加入し、大活躍した。2002年には王貞治氏とタフィー・ローズ氏に並ぶ当時の日本タイ記録となる55本塁打をマーク。桁違いのパワーを武器に、日本球界ではオリックスを経て、2012年にソフトバンクを退団するまで強烈な存在感を示した。
そんな大砲を1999年の台湾・和信ホエールズ時代に指導したのが元南海の立石充男氏だ。当時、阪神監督を務めていた恩師の野村克也氏に獲得を薦めたという。

 立石氏は1998年から台湾に渡ったが、当初はそんなつもりはなかったという。元南海の李来発氏がその前年から和信ホエールズの監督を務めたが、結果を残せず、2年目に向けての“補強”で立石コーチに白羽の矢が立った。
「来てくれないかって電話があって、1週間、断わっていたんですけどね。ウチの嫁さんに、これだけ熱心に誘ってくれるなら、行ったらどうって言われて、単身で行くことにしたんです」。