両親の離婚時に、9歳だったイーロンは、一時は父親のエロールと暮らしますが、関係が悪かったようで、その後疎遠になります。アシュリー・バンスが書いた伝記『イーロン・マスク 未来を創る男』や複数の海外の記事を読むと、イーロンは当時、父親に精神的な苦痛を与えられたと感じており、今でも嫌悪感を抱いているようです。
一方のエロールもイーロンを嫌っているようで、2022年8月に英ガーディアン紙に掲載された記事によると、「イーロンの功績を誇りに思っているか?」と問われてエロールは「ノー」と答えたそうです。「弟のキンバルの方が私の誇りで喜びだ」と述べており、実の父親とは思えないような発言をしています。
結局、メイが子どもたちを引き取って育てるようになったそうです。食べ盛りの子ども3人を抱えるシングルマザーの生活は大変です。「お金にはいつも苦労していた」とメイは述べており、狭いアパート暮らしで、毎日のようにピーナツバターのサンドイッチと豆のスープを食べる生活が続きました。
「離婚後、私は3人の子どもたちを(父親からの)養育費なしで住まわせ、養わなければならなかった。貧困状態では、本当に必死になって働くしかない。子どもの1人が牛乳をこぼしたときに泣いたことを覚えている。『こぼれたミルクで泣くな』ということわざがあるものの、その日は牛乳が買えなかったので泣いてしまった」。15年8月の米ハフポスト(当時の名称はハフィントンポスト)のインタビュー記事で、メイは過去を振り返り、こう語っています。
それがイーロンの少年時代でした。世界一になった大富豪も、少年期は貧困ラインを下回るような困窮した生活を送っていたのです。しかも当時は、本連載の「イーロン・マスクの人生を変えた少年期の『壮絶いじめ』と『読書』」という記事で紹介したように、イーロンが許しがたい凄惨ないじめを学校で受けていた時期とも重なっていた可能性があります。
このような生い立ちのため、『天才読書』で詳しく述べたように、イーロンが自分は社会主義者であると主張したり、カール・マルクスの『資本論』を14歳で読んだと言ったりしても、私には違和感がありません。現在のイーロンしか知らない多くの人は、「庶民の生活を知らない大金持ちが、自分は社会主義者だと主張するのはおかしい」と感じるかもしれません。しかしイーロンは貧困とは何かを体感的に知っており、世界を富裕層と貧困層の両側の立場から眺めることができる人物です。
貧困生活も経験したものの、イーロンは聡明でした。読書が大好きで、「読んだものはすべて覚えていた。わたしたちはイーロンを『百科事典』と呼んでいた。『ブリタニカ百科事典』と『コリアーズ百科事典』を読んで、すべて記憶していた」とメイは述べています。ショッピングセンターに家族で買い物に行くといつも姿を消し、書店で何時間も本を立ち読みしているような子どもでした。
以前の記事でも紹介しましたが、貧しい中でもイーロンはコンピューターを手に入れ、12歳で「ブラスター」というゲームを開発するなど、プログラミングにもはまっていました。
コンピューターに強い関心を持っていたイーロンはコンピューターサイエンスが発展していた北米に行きたがるようになります。17歳でメイの生まれ故郷のカナダに親戚を頼って移住することを決意。イーロンが先に現地に渡り、後を追ってメイらも移住します。
イーロンはオンタリオ州のクイーンズ大学に2年通った後に米国のペンシルベニア大学に移り、物理学と経済学の学位を取得して卒業しました。「自分で奨学金と学費のローンを申し込んで、自分の好きなことを学ぶ道を選んだ」、とメイは述べています。メイも、苦労しながらカナダで生活基盤を築いていきます。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00521/121900006/?P=3
イーロン・マスク、実は貧困だった、学校ではいじめられ毎日の食事は豆のスープとピーナッツバター
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1それでも動く名無し
2022/12/21(水) 16:25:39.04ID:Jy2fB66V0■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています