その日、井口監督はマーティンを7番右翼でスタメン起用した。第3打席まで西武高橋光成に遊飛、見逃し三振、空振り三振。チームは再び黒星が増え始め、負ければ8月中だけで3度目の3連敗…という状況だった。試合は1点を追う展開で8回1死二塁、マーティンの第4打席が回ってきた。西武ベンチが動く。スミスから、変則左腕の公文にスイッチした。

 ロッテベンチは-。右の代打を出してもおかしくない状況だ。井口監督と森脇ヘッドコーチが何やら話す。マーティンはその様子をチラッと見つつ、あとはずっと背中を向けたまま。福浦打撃コーチが最後にひと声かけ、マーティンは何やら返し、そのまま打席へ向かった。その間、2分40秒。

 マーティンはまるでタイミングが合わず、最後はスライダーで空振り三振だった。前打席では悔しそうにベンチ裏に引っ込んだ助っ人は力なく、20秒かけてベンチの自席へ歩いていった。その5日後、帰国が発表された。

 ロッテは井口監督が就任後、2億円規模をかけてチーム戦略部を新設した。蓄積したデータをもとに、試合前には全体、個別で相手先発投手を研究。時には「四球=安打」の概念も持ちながら、チームとしての攻め方を徹底してきた。

 ベンチにもそのデータを持つスコアラーが毎試合、入っている。投手交代があれば、次打者に何やらアドバイスをする様子が、日常光景のように見られた。

 前述の8月23日、マーティンの最終打席。助っ人は約1年、公文との対戦がなかった。変則左腕にスライダーを警戒するのは当然のことながら「一打逆転のチャンスでの左対左、久々の対決」となれば、データも好結果への一助になるのではないだろうか。

 しかし、この2分40秒の間に、マーティンとスコアラーまたはコーチが交わる機会は、なかった。投球練習にタイミングを合わせた何度かの素振りのみで、あっけなく三振した。そのころからベンチ内での戦術決定→決定→指示にスムーズさを欠いている、という声が漏れ聞こえていた。直後に打席に立ったレアードはスコアラーからレクチャーを受けていた。ベンチの空気の乱れ。もちろん、長いシーズン、いろいろうまくいかない時期だってある。ただ、もう致命的な時期だった。優勝は遠い、Aクラスも苦しい-。一連の動きを凝視しながら、そう痛感した数分間だった。

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