0001それでも動く名無し
2022/12/30(金) 04:41:01.09ID:tLIZZS4A0監督を辞めてから迎える年末は、新しい景色に見えた。
「うっす、今年もお疲れっした!」
聞き慣れた声がして振り返ると、待ち合わせしていた男が現れた。寒い寒いと呟き、手を擦り合わせながら。
「お前、手袋はめて来る言うとったやんけ」
「あいたー!」
「ったく…ほら、貸したる」
商売道具の手がかじかんでは困るだろうと、身につけていた手袋を外して差し出す。しかしこいつが受け取ったのは片方だけだった。
「良いこと思いついたんすよ」
そう言いながら左手に手袋をはめると、残された片割れを持ったまま戸惑っていた俺の右手を掴んだ。
「つけてあげましょうか?」
「自分でやるわ!ボケ!アホ!」
厚意には甘えず自ら手袋をはめた。こうして、お互いの片手が冬の空気に晒される。
次にどうするかは何となく想像がついた。
「こういうことっす」
冷たくなった手と手が触れ合って、絡まる。するとそのままコートのポケットの中に仕舞われた。
俺たちがこんな真似をしていいのだろうか。
「ふふ、今日だけ特別ですから」
「……そやな」
寒いからしょうがないと自分を納得させた。繋いだばかりの手、今は冷たいけれどすぐに温まるだろう。
「僕たちカップルみたいっすね」
「調子乗んな、ボケ…アホ」
熱くなってしまった頬がバレませんようにと、心の中で願った。