>>368
広瀬章人八段(36)はこう語る。
「やっぱり現代の新しい将棋についていけてなかったのかな、というのが正直な感想です。
現代将棋は皆がAI(人工知能)で研究していて、多くの戦型でレールが敷かれているような状況なので似た形が多い。
羽生さんの最大の長所は、未知の局面でも正しく対応できる抜群の大局観ですが、研究が進むとそういう局面が現れにくいんです」

通算で1522勝(1月24日現在)している羽生は誰よりも対局し、誰よりも勝ってきた。
経験は羽生の大きなアドバンテージだが、AIの登場によって大きな変動があった。
人間が培ってきた感覚の一部をAIは否定し、新しい価値観を示したのだ。
機械の取り扱いに抵抗がなく、AIの指摘を素直に取り入れた若い世代の棋士たちが、ベテランを相手に序盤から優位に立つことが増えた。

羽生と同世代の森内九段も経験が生きにくくなっていることを指摘する。
「いちばん経験が生きやすい中盤戦は、AIで勉強しやすいところでもある。経験のアドバンテージを出しにくい時代になっていると思います」
羽生とてAIを取り入れていたが、誰よりも強大な成功体験がある。自分とAIにどう折り合いをつければいいのか。
棋譜から迷いが見て取れることが増え、成績も下降していった。加齢の影響だって否定はできない。

「少し前までは羽生さんも若手棋士の研究を避けて、変化球を投げるような指し方が多かった。
でも永瀬戦は最新形を受けたうえで、AIが最善と示す手順通りに進めるのではなく、自分のアンテナに引っかかった指し方を採用していました」
羽生は最新形を採用しても、AI推奨の手を鵜呑みにはしない。いくら最善と示されても、その後の展開で人間には指しこなしにくい順もある。
ならば自分の感覚に沿った手をまず考え、それをAIで調べて評価値が悪くなければ採用する。
人間はどうしてもAIの最善手ばかりに目が行きがちなので、この手法は結果的に相手の意表を突けるメリットもあるのだ。

AIという時代の潮流に翻弄されていた羽生が、ようやく適度な付き合い方を見出したのではないか。
AIの示す評価と、自分の経験による感覚を融合させる道筋が見えてきたのだろう。