紀霊は黙ってはいられなかった。
「冗談はやめたまえ。それがしが戦をやめる日には劉備を生捕るか、
劉備の首をとるかでなければならん」

劉備は黙って聞いていたが、
護衛で劉備のうしろについていた関羽と張飛は怒り顔になり、
張飛は剣を抜いて紀霊に襲いかかろうとした。あわてて関羽は張飛を抱きしめて止めた。
しかし紀霊も剣を抜いて立ち上がっていた。

「やかましい」と、呂布は大喝し、家臣に画桿(がかん)の大戟(たいげき)を持ってくるように命じた。
呂布は、画桿の大戟を手にすると、
陣営の門まで走り出し、そこの大地に戟を突きさして帰ってきた。そして言った。
「今日、おれが双方を呼んで、和睦しろというのは、天が命じているのだ。
ここから戟までのあいだ、百五十歩の距離がある。
そこでだ。あの戟の枝鍔を狙って、ここからおれが一矢射て見せる。
首尾よくあたったら、天の命を奉じて、和睦をむすんで帰り給え。
あたらなかったら、もっと戦えよという天意かも知れない。
勝手に、合戦をやりつづけるがいい」

紀霊は、あたるはずはないと思ったのか、同意した。
劉備は、「おまかせする」と言うしかなかった。

呂布は家臣に弓をもってこさせた。そして片膝を折って、弓を引き、矢を放った。
戟の枝鍔は飛び散り、矢は砕けて三つに折れた。

呂布は紀霊に向かい、天の命を受け給えと、言ったが、
紀霊は主君に対して困ると言った。

呂布は、紀霊の罪にならないように書簡を送るからと言って、紀霊を追い返した。

劉備は呂布に「身の終るまで、今日のご恩は忘れません」と、拝謝して、
ほどなく小沛へ帰って行った。