豊川がひとり、「推し部屋」のベッドで寝ていた時に、ジャニー氏が布団に潜り込んできたという。

「合宿所に入ってから3日も経ってなかったと思います。はっきりした記憶はないですが、お尻に突っ込まれてものすごく痛かったことは覚えている。あんまり痛いし、やっぱり気持ち悪いじゃないですか。だから、その後、2回目にされそうになった時は、はっきりと『嫌だ』と拒否しました。そうしたら諦めたようで、強引にしようとするようなこともなかったですね」

■「ジャニーさんのひざの上に乗って…」

 これらの作品中にある「セクハラ行為」の記述は、ジャニー氏の「性加害」を追及した1999年の「週刊文春」のキャンペーン報道をめぐり、ジャニーズ事務所が、発行元の文藝春秋を訴えた名誉毀損裁判でも注目を浴びた。

 2003年7月15日の東京高裁判決は、セクハラに関する記事を指して「重要な部分について真実であることの証明があった」として、文春の記事のジャニー氏の「セクハラ」に関する部分の真実相当性を認めた。と同時に、北と豊川それぞれの著書での「セクハラ行為」の記述にジャニー氏側が抗議しなかった点を指摘している。

 ジャニー氏が積極的な反論・反証を行わなかったことが判決に影響を及ぼしたのだ。

 とはいえ、当事者である豊川には性被害者としての意識は薄い。「正直いって仕方ない面もあると思うんです。実際、プロモーターの人にも言われましたから。『ジャニーさんのひざの上に乗って耳舐めなきゃだめだよ』って。僕はそこまでできなかったけど、スターになるためには何でもしなきゃいけない。そういう世界なんですよ」

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