金本、やっぱり名将だった
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沖縄で脳腫瘍だとわかり、宿舎の部屋を訪ねたとき、金本監督は話をすでに聞いていたらしく、僕に言いました。
「おれも知り合いの先生にいろいろ聞いてみたら、どの先生も必ず治ると言ってる。もう少し辛抱しろよ」
入院してからも、シーズン真っ只中にもかかわらず、何度も見舞いに来てくれました。中学生だった娘さんと一緒に来られたときがあって、娘さんが一生懸命折った千羽鶴をプレゼントしていただきました。
「娘がおまえのファンなんだよ」
そう言われたときは、「まさか」と思いながらも、とてもうれしかった。
差し入れもよくしてもらいました。あるとき、わざわざ試合前にお寿司を持ってきてくれたことがありました。有名店のお寿司で、「いま握ってもらったから、おいしいぞ」と言いながら差し出してくれました。
ところが、母によれば、よりによって僕はこう言ったそうです。
「肉が食べたかったです」
僕はまったく憶えていないのですが、どうやらまたもや天然ぶりを発揮したようです。「この野郎!」と呆れながらも金本監督はすぐにステーキ弁当を特別に手配してくれました。 今朝のスポーツ新聞読んだ
記者が今年の5月にお見舞いに行ったら
両目はすでに失明して会話もできる状態じゃなかったらしい
母親に耳は聞こえているから
何か声をかけてあげてくださいと言われて
横、ありがとう!と耳元で何度も言ったら
目を少し開けてありがとうございます。と言って涙を流したとか 僕はまったく憶えていないのですが
ココ悲しい
脳腫瘍あるある記憶がすっぽり抜けたりちょっと前のことすぐ忘れて記憶とどめれないんだよ 脳腫瘍はつらいわな
末期は意識混濁で植物人間状態だけど呼吸は荒いし見ててつらかった 野田の部屋子だったんだよな
鹿児島実業野球部の先輩で、プロ野球選手からボートレーサーに転向した野田昇吾(30)はこの日、自身のツイッターで横田さんの早すぎる死を悼んだ。「慎太郎よく頑張った…」と、闘病生活の末に力尽きた後輩の人生最後の激闘をたたえた。また別投稿では「すいません。本当にやるせない気持ちですが、温かく慎太郎の事を見送ってあげてください」と、ファンに呼びかけていた。 >>9
癌末期ってみんなそんな感じよな
本人も看てるのも辛い ヤニキは横田大好きだったの覚えとるわ
横田も気合いと根性の選手やったし周りから好かれてたやろな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています