前略 警察官、検察官、裁判官殿

此の書分は、現在世を賑わして居る、連続男性強制鶏姦事件の容疑者として現在において迄勾留されている画家、犬井四郎君の無罪を訴える物である。
犬井四郎、本名を鹿野和六と云う、彼は確かに常軌を逸した異常変態性欲の持ち主であるが、断じてこの一連の事件の犯人では無い。
彼は全く前途洋々の気配の無い、売れない画家であり、少々頭の抜けた所も有るが、彼は根本に於いて全く以て優良な人間である。
次の話は本当の事である。私は断じて嘘は書かない。信じて頂きたい。
去年の十一月暮れ、丁度件の事件が世に広まり始めた頃である。私と彼は私の家で酒を飲んでいた。
その後、お互いに泥酔状態に陥り、私が土間に寝転がり、彼がその上に、私の脚に頭を向ける形で覆い被さり、お互いの肛門周りの毛を毟り合っていたらしい。
らしい、と云うのは、私もこの時意識が多少混濁しており、翌日の昼過、家人から訊いた事だからである。
そして、此処に彼が冤罪である証拠がある。彼は其の様な状況下に於いて、勃起をしていなかったのだ。
無論、私の男根は徐々に怒張していったが、彼は其の反対で、寧ろ普段よりもしょぼくれて居たように見えた。
此の出来事は、犬井四郎君が変態性欲者で或っても、同性に対して色欲は決して抱かない事の証左である。
依って、警察官、検察官殿は、彼の事件前後の行動をもう一辺、詳しく、取り調べて頂き、彼の無実を認めて頂きたい。
日本警察の方々に、さらに、日本国民の方々に、今一度申し上げておくが、犬井四郎は常軌を逸した異常変態性欲の持主では或っても、決して連続男性強制鶏姦事件の犯人ではない。
私は、本当の事が公に成って欲しい、其の一心で此を書いた。

大正十二年三月廿二日 早々