「入団して間もない’18年4月、球場へ向かうバスに大谷選手が乗り込んだ際に、バスの後方から『イッツ・ショウ・タイム』という声が……。すると静かだった車内が笑いに包まれ、大谷選手も笑みを浮かべたそうです。
その声の主が、トラウト選手だったんです」

エンゼルスは’02年に球団創設以来初のワールドシリーズ優勝を果たして以降、世界一になっていない。球界を代表する2人がエンゼルスでの世界一にこだわるのには、ある理由がーー。
「トラウト選手の妻の弟で、エンゼルスのマイナー傘下に所属していたアーロン・コックス投手が、’18年の8月に24歳で亡くなっています。自死とみられています。
トラウト選手にとってコックス選手は義弟ですが、友人のような関係だったそうです。大谷選手と同い年でした。
逝去後、トラウト選手は妻と連名で、『われわれ家族はともに悲しみを分かち合うとともに、短い人生の中でアーロンと共有した思い出、笑い、愛を享受したいと思います』とコメントを発表していました」(スポーツ紙記者)

さらに’19年には、エンゼルスの先発投手として活躍していたタイラー・スキャッグス投手が薬物の過剰摂取により、27歳で急死している。
「大谷選手にとっては頼れる存在で、同じ投手ということもあり、アドバイスももらっていたようです」(前出・福島さん)
『日刊スポーツ』によると、’18年のキャンプ中に、結果が出ずに苦しんでいた大谷へスキャッグス選手は、「圧倒する姿を見せろ!」と叱咤し、「彼(大谷)に自信があるということはわかっているよ」と、語っていたという。
「大谷選手とスキャッグス選手が、ベンチなどで親しそうに話している姿が、たびたび目撃されていました。そんな友人の訃報に落ち込み、涙を流したそうです。また入団同期のトラウト選手とも、打ち解けた関係だったといいます。
亡くなった年に行われたMLBオールスター戦に、トラウト選手は追悼の意を込め、スキャッグス選手の背番号である45番をつけて、出場していました」(前出・スポーツ紙記者)
スキャッグス選手の逝去に際して大谷は、声明を発表し、胸中を吐露している。
「タイラーは、自分がエンゼルスに加入して以来、親密なチームメートだった。どれほどの深い悲しみか言葉で表現できない」
エンゼルスの仲間たちとの永訣が、大谷とトラウトを突き動かす。

「プロ野球選手として、道半ばで亡くなってしまった2人のためにも、エンゼルスでの世界一に大谷選手とトラウト選手が強いこだわりを見せているのではないでしょうか」(前出・スポーツ紙記者)
天国の2人との約束を胸に“トラウタニ”は勝利打点を重ねる。
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