今は昔、陽成院の天皇の御代に金を得る使いとして陸奥の国に、道範という滝口(内裏警護の武士の詰所、またその人)が遣わされ、道中、信濃国に宿ぬ。
其の郡の司の家に泊まれば、郡司、待ち受けてねぎらう事限無し。食物などの事、全ての歓待が終わると、その郡司、郎等など家中の者を同伴させ家を出ていった。
道範、どうにも眠れないので、家を散策すると、郡司の妻の居る室を臨けば、屏風・几帳など立ち並たり。
虚薫(お香を焚くこと)、糸馥く(いと香り)匂はせたり。
田舎でこんなことをしている事、心悪く思て、覗けば、年二十余許の女房、寝転び、頭つき・姿、細やかにて、額つき良く、有様、「この部位は駄目だ」とケチを付ける所も無し。
道範、これを見るに、見過ごすべき心地無くて、周囲に人も無ければ、咎める人も無ければ、引き戸を開いて部屋に入ぬ。誰ですかと云ふ人も無し。
火をば几帳の後に立ててあるのでいと明るし。極めてねぎらってくれた郡司の妻を、後目無(うしろめたな)き心もあるが、女の余りにも美しい姿を見るに、思ひ忍び難くて、女の傍に寄て、添い寝をするに、気悪くも驚くことも無く。
口覆い寝転ぶ顔、表現できず、より近付いても、美し。道範、喜く思ふ事限無し。
九月の十日の比の程なれば、衣も多く着ず。紫苑色の綾の衣一重、濃き袴をぞ着たりける。香の馥しき事、周りの物にさへ匂たり。道範、我が衣をば脱ぎ棄てて、女の懐に入る。暫くは女、塞いでいたが、気悪くする事無ければ、男の懐に入ぬ。
その程に、ペニスが痒くなり、掻き探ったが、チン毛はあるがペニスは失にけり。驚き、更に捜ると云へども、頭の髪を触るが如にて、ペニスの欠片も無し。
大いに驚て、女との事も忘れる。
女、男の捜り迷て騒ぐ気色を見て、少し頬咲たり(微笑む)。男、心得ず、怪しく思ければ、和ら起て、元の寝所に帰り、又捜るに、尚無し。
奇異と思い、親く仕ふ部下を呼びて、「あの部屋にとても美しき女有り。我も行ったので汝も行け」と云へば、郎、喜び行ぬ。暫くして、此の郎、帰りたり。
ことごとく奇異き気色したれば、「こ奴もやられたに違いない」と思て、亦、他の郎等を呼て、勧めて遣たるに、其れも亦、返って来、空を仰て、極く心得ぬ気也。
此の如くして、七、八人の郎等を遣りたるに、皆返りつ。其の様子、只同様に見える。返す返す不思議に思ふ程に、夜明けぬれば、道範、心の内に、
夜前に家の主、極く労いつるを喜(うれし)と思ひつれども、この事の極て怪しきに、夜明けるままに怱(いそぎ)て宿を立つ。
七、八町程行った所で、後ろに呼ぶ声有り。見れば、馬を馳せて来る者有り。見れば、宿で歓待してくれた郎であった。白き紙に物を捧て来たり(両手で高く上げうやうやしい態度で持っている)。
道範、「それは何ぞ」と問へば、郎、「これは、郡司の、『これを差し上げろ』と言われたプレゼント也。しかる物をば、何故忘れ出立されましたか。今朝の御膳なども用意しておりましたのに。
然れば、拾ひ集て奉お持ちいたしました」と云て、受け取らせた。
郡司「何ぞ」と思て開て見れば、松茸を包みたる如にして、男のペニス九つ有り。
奇妙に思て、郎等共を呼び集て、これを見すれば、八人の郎等、皆人奇妙に思て、寄て見るに、九のペニス有り。
持ち主全員がその9つを確認した瞬間ペニスが消えた。郡司の遣いは包みを渡した後、すぐに馳せ帰る。
その後、郎等共、「我も昨晩これこれこういう事があった有つ」と言い交わし、皆股間を捜るに9本は元の場所に戻っていた。