橋北中学校水難事件(きょうほくちゅうがっこうすいなんじけん)
または津海岸集団水難事件(つかいがんしゅうだんすいなんじけん)は、
1955年7月28日に三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、
同市中河原海岸(文化村海岸)で水泳訓練中に溺死した水難事故。

「弘子ちゃん、あれを見て!」私のすぐそばを泳いでいた同級生のSさんが、とつぜん私の右腕にしがみつくと、沖をじっと見つめたまま、真っ青になって、
わなわなとふるえています。その指さすほうをふりかえって、私も思わず、「あっ!」と叫んでSさんの体にしがみついていました。

私たちがいる場所から、20�30メートル沖のほうで泳いでいた友だちが一人一人、吸いこまれるように、波間に姿を消していくのです。
すると、水面をひたひたとゆすりながら、黒いかたまりが、こちらに向かって泳いでくるではありませんか。私とSさんは、ハッと息をのみながらも、その正体をじっと見つめました。

黒いかたまりは、まちがいなく何十人という女の姿です。しかも頭にはぐっしょり水をすいこんだ防空頭巾をかぶり、モンペをはいておりました。
夢中で逃げようとする私の足をその手がつかまえたのは、それから一瞬のできごとでした。

(女性自身1963年7月22日号「恐怖の手記シリーズ(3) 私は死霊の手からのがれたが... ある水難事件・被害者の恐ろしい体験」)


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