この作品を悟郎が作ったと言われたら嬉々として叩いてたことだろう
パヤオの作品という情報があるからこそ、何かしらの意味があるのだろうと考察(妄想)する
結局のところそういう奴らは情報に踊らされ、情報を食っているだけにすぎない
それが如実に分かる映画