29歳、背水の陣で起業
 私は29歳の時、小さな18坪の雑貨店「泥棒市場」を開いた。当時の私は何の特技も取り柄も伝手もない、文字通りの徒手空拳だった。それまで貯めていたありったけのカネを突っ込んで、いわば背水の陣で、素人商法のディスカウント店を始めたわけである。

 思えばあの頃の私は、「とにかく金儲けをして、のし上がって偉くなるんだ」という一心のみで、何一つとして恵まれているものはなかった。しかし今から考えれば、そこには「恵まれない幸せ」というものが確実にあったように思う。

 何も恵まれていなかったからこそ、逆に何の制約もなく自由自在に、運の三大条件──「攻め」と「挑戦」と「楽観主義」を思い切り追求して実践し、結果としてその果実を、あり余るくらい享受することができた。

“恵まれない幸せ”と“1%の悲劇”
 具体的に言えば、とにかく独自の個性を光らせて、埋没することのない目立つ店にすることに全力を注げた。間違いなくこれが、私のビジネス運を切り開いた第一歩である。

 それに対して、下手に恵まれているとこうはいかない。中でも私がよく引き合いに出すのは、「1%の悲劇」というやつである。

 どういうことかというと、たとえば家が裕福だったり、学校の勉強がよくできたり、野球やサッカーといったスポーツに秀でるなど、上位1%くらいに入る人たちは、逆にその栄光に引きずられて、幸運を掴めない。さらには運を落とすケースがままある。これを私は、「1%の悲劇」と称しているのだ。

日本経済を決定的にダメにしたA級戦犯
 恵まれているがゆえに、往々にして彼らは守勢、すなわち自らのプライドを守るためにチャレンジャーになるのを避けがちになる。だから運がやって来ない。リスクをとることに後ろ向きなキャリア官僚は、この「1%の悲劇」の典型例ではないかと私は思っている。

 もっともその恵まれ方は、決して突き抜けたものではない。たとえば中学や高校で、たかが上位1%の学校秀才など、社会に出れば凡人もいいところだ。実際にそこそこの大企業や官公庁なら、そうした社員・職員が、それこそ掃いて捨てるほどいるだろう。

 しかし彼らが、かつての上位1%にこだわり、そのプライドを後生大事にして守りに入っている限り、運の女神は決して微笑んではくれない。実際にこの種のサラリーマン集団が、近年の日本経済を決定的にダメにしてきたA級戦犯ではなかったかとさえ、私には思えるのである。