最悪の訳と言われることになった点。強力な魔力を秘めた一つの指輪に誘惑され、自分を見失ってフロドに詰め寄るボロミア。そのボロミアに対するフロドの台詞「Your not yourself!(貴方は自分を見失っている!)」が、「嘘つき!」という字幕にされてしまったのである。
本来の"誠実なボロミア"を知っているフロドの心も、指輪の魔力に誘惑されてしまったボロミアの悲劇も、すべて破壊された。この瞬間ボロミアは"ただの悪役"にされてしまった。ボロミアはこの後戦って命を落とすのだが、「嘘つき!」の台詞の後では、多くの観客にはボロミアの死は、原作者や監督が意図した「指輪に誘惑されてしまった人物の悲劇の死」ではなく「ただの自業自得で死んだ」にしか見えないだろう。「物語をわかりやすくする」という翻訳方針が、こうして物語、脚本、キャラクターをもねじ曲げてしまったのである。確かに、悪人は100%悪人であるほうが判りやすい……。