子どものころ、熱烈な阪神ファンだったのも、今は巨人のLINEスタンプを愛用しているのも事実だが、彼の心は最初から「竜」にあった。

スマホを見ると8月8日、18時56分となっている。大野雄とLINEでメッセージのやりとりをするうちに、FA権の話題になった。何度目かの往復で彼はこう書いてきた。

 「これ今の僕のガチの本心ですが、よっぽど酷い提示額じゃない限り、ドラゴンズにおりますよ。このチームが好きですよ。
しゅーへー、京田、阿部ちゃん、ビシエドが後ろで守ってくれてる(もちろん外野手のみなさんもですが笑)のが頼もしくて仕方ないんです」 
原文のママ。このメッセージをもらった直後に「正式に残留が決まったら、この話は書かせて」と頼んでいるが、今回、改めて本人の承諾を得て書いている。

 初勝利を挙げた7月31日にFA権を取得。球団からは「おめでとう」と声はかけられたが、引き留め交渉が始まるのはもっと後のことだ。ご承知のように、大野雄の市場価値は急騰した。
これは野球界の“常識”として書くが、FA宣言してから獲得に動くのではなく、動く意思を伝えて宣言を促す。
もちろんルール違反だが、FAはきれいごとではない。東からも西からも、あの手この手で“数字”を伝えてきたようだ。

 本人が公表した条件は、3年総額10億5000万円。僕の知る限り、ある球団が用意した額はこれより4億円多かった。恐らく大野雄もその額は知っている。
僕のように札束に無縁の人間に限って「10億超えたら同じ」なんて適当なことを言うが、そんなわけがない。だが、彼は移籍どころか宣言すらしなかった。

 「残留会見楽しみにしといてくださいよ。約束はできませんが笑」

 やりとりをこう締めくくった3カ月後、彼は晴れやかに残留表明をした。普通は宣言し、自分の価値を世に問う。あえて書く。
大野雄は損得勘定せず、仲間が好きだという理由で4億円を捨てたバカな男だ。だけど、そんなバカな男が、竜の宝だと思う。=終わり