1986年、とある夏の日
電鐘式踏切がキンコンキンコンと可愛らしい音色を奏でて鳴っている。踏切前にはセーラー服を着た高校生3人組が何やら楽しそうに会話をし、そのすぐ後ろには男子学生がふざけ合っている。
そして買い物帰りの中年の主婦、昼食を済ませ会社に戻るサラリーマンがハンカチで汗を拭きながら談笑している様だ。

線路沿いの向こう側には鉄道車両から飛ぶ鉄粉が付着したのだろう、茶色く煤けた瓦屋根の木造家屋や長屋が線路ギリギリに立ち並び、その内一つの家では初老の女性が窓から物干し竿に布団を干している様だ。
その並びの角、踏切のすぐ横には八百屋があり横付けされた軽トラから店主の倅と思しき青年が汗を垂らしながら野菜の入ったダンボールを店内にせっせと降ろしている。

すると奥から警笛を鳴らしながら赤い電車がゴトゴトと金属音を立てながら走ってくる。
清掃でも落とし切れなかったのだろう、長年の汚れや錆が蓄積し、最早赤というより朱色の様になった車体が迫り来る。
乗客は木製の建て付けの悪い窓を開け、先頭車両からは子供が顔を出して笑っているのが微笑ましい。
随分と年季の入った車体からは下馬評通りとも言えるかの如くモーターが凄まじい唸りを上げてゆっくりと駅に入線していく。
線路の手前に目を向けると駅前の商店街が並び、戦前に建てられたのであろうか、壁をトタンで補修しツギハギの様な見た目になりながらも、所々に装飾が入りかつての絢爛な造りを連想させる木造商店が立ち並び、カラフルなナショナルの看板を掲げた電気店に、不動産屋、婦人向けの衣類店などが見受けられ、通りの反対側にも様々な商店が生きている。

角の平屋の住宅では柄入りのエプロンを着た老婆が軒先の花壇に水をやっているかと思えば、腰が痛くなってしまったのか通り過ぎる電車を眺めながら束の間の休息を取っている。